2020年05月27日

緊急事態宣言が解除された後の新たな日常生活とは

新型コロナウイルスの感染拡大の為に日本国中に緊急非常事態宣言が発令されて既に1ヶ月半余りが過ぎました。しかしながら、賢明な日本国民が自分の責任と義務とを自覚してこの期間政府の要望に見事に答えて何とかようやく新型コロナウイルスの感染拡大が全国的に少しづつ下火になって来ました。

先日日本政府は一応全国的に緊急非常事態宣言を解除する宣言を行いました。しかし、今後マダマダ第2波並びに第3波が遅くとも秋口から冬場にかけて再襲来して来る可能性は充分に有るとの事です。

従って今後の我々日本人の社会生活様式は否が応でも変えて行かざるを得ないと考えています。つまり、新型コロナウイルスとの共生生活を相当の永〜い期間継続させて行かざるを得ないと覚悟すべきだと思います。兎に角、今後の私達の社会生活は今までのそれとは大幅に変わって行かざるを得ないと言う認識を持たなければイケないと言う事です。

今後の世界の政治の在り方は勿論のこと経済の分野や文化や芸術の面に至るまですべての分野で今までとは景色や価値観が一変する状況が出現して来ると予想をしています。

現在もう既に72歳を過ぎたヒゲ親父です。残りの人生の時間軸は後わずかとなりました。残念な事ですが現在の最大の苦痛の種は左の膝の変形性膝関節症の慢性的な痛みと、今年になって特に痛みが酷くなって来た右の股関節の変形性股関節集の激しい痛みの継続の事です。

丁度、神経が触った時の歯の激しい痛みが我慢できないようなのと同じ痛みが右の股関節の変形性股関節症の痛みなのです。擦り減った右の股関節の骨に空いた空洞に周りの神経が触って電気が走るような思わず堪え切れない程の激痛が走るのです。特に寝ていたりイスに座っていて立ち上がる時に激しい右の股関節の痛みに襲われるのです。

毎日毎日繰り返し余りにも堪えられない程の激しい痛みが右の股関節と左の膝に襲って来るのです。特に立ち上がって歩き出すたびに襲って来るのです。毎回立ち上がる時に痛みが襲って来るので時には本当に精も根も尽き果ててもうこれ以上は痛みに耐えきれないわとさえ思う時も有るのです。特に痛み止めの座薬や経口の痛み止めの薬を意図的に飲まないように休薬している日の激しい痛みに襲われる時には余計に。

現在は毎週3日間は痛み止めの座薬や経口の痛み止めを使わない休薬日を決めています。その日は筋トレは一切やりません。もっぱら興味のある本を読み漁っています。従って毎月最低で2~3冊の本を読んでいます。もう自分に遺された人生の時間軸はそんなには永くは有りません。今や身体中の関節がボロボロになったヒゲ親父です。年老いても?人それぞれに何を目的にしたり?何を愉しみに生きて行こうがそれぞれの人の勝手です。ただヒゲ親父はこの様なジジイの歳になってまでは余り性欲を満たす事バカリを考える愚かな事はしたくはありません。残りの時間軸は少しでも己自身を賢くするために沢山の本を読み続けて行く積りです。折角、この世に産まれた縁(えにし)を大切にするためにも 今夜のヒゲ親父でした。
  
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2020年05月21日

今こそ花も嵐も踏み越えて耐え忍んで行こう

もう今日は5月21日(木)です。日本政府が発出した新型コロナウイルス感染拡大に対しての緊急事態宣言もここに来て大阪府と京都府並びに兵庫県の関西地区の2府1県に限って解除されました。少しづつですが社会生活や経済活動が日常的に回復しつつあるように思います。

しかし、今しばらくの間は浮かれ気分にならないようにみんなが充分に気を付けて感染拡大が呼び戻され無いように日常生活をキチンと管理して行くようにしなければなりません。

油断をするとこの後の10日〜14日間前後に再び感染拡大の第2波並びに第3波が襲って来るからです。此れから襲い来る第2波と第3波は例えようの無い程の数の感染拡大を招く恐れが強いのです。従って此処を十二分に耐え忍んで頑張り抜いて行く必要が有るのです。今夜のヒゲ親父でした。
posted by ヒゲ親父 at 21:41| Comment(0) | 日記

2020年05月18日

早いモノですね。あれから早くも6年が過ぎました。

今日の高松市は朝からず〜と休みなく雨が降り続けています。本当に嫌〜な一日でした。一向に収まりそうもない新型コロナウイルスの感染拡大状況に国民全員が一喜一憂しています。本当に国民みんなが相当なストレスに晒されているようです。処で、月日の経つのは本当に早いモノですね。ヒゲ親父夫婦が次男の3人の孫達と一緒に同居生活をするようになって早くも今年の3月で丸6年が過ぎました。現在は既に7年目に入りました。

ヒゲ親父の次男(今年45歳)の嫁(恵)が3人目の孫(長女)を妊娠中に悪性の乳癌を患って、その後の約1年7ヶ月間にも及ぶ乳癌との闘病生活を闘い続けたモノの最後には力尽きて無念の最期を遂げてから今年で丸12年になります。本当に月日が経つのは早いモノである事を実感させられます。

つまり、嫁の恵は3人の子供を遺してヒゲ親父の次男(当時33歳)との結婚生活も、僅か9年余りの短さの中で36歳と言う若さで人生に無念の終止符を打ったのでした。恵の心中を想い計ればどれ程に悔しくて辛かったことだろうと思います。自分が死んだ後に遺った3人の子供たちの行く末の事を想えば?本当に思い残す事ばっかりだったと思います。

その時、ヒゲ親父の次男と嫁の恵との間には3人の子供がいたのです。当時長男が小学校2年生。次男が幼稚園の年中組。3人目の長女(娘)は未だ1歳10ヶ月(まだオムツをしていた)だったのです。
次男はサラリーマンですので広島市内で恵(彼女は広島の女性)が亡くなった後の5年間は恵みの両親にお世話になりました。恵の死去後の6年目に次男の岡山支店への転勤に伴いヒゲ親父夫婦と高松市内の実家で3人の孫達との同居生活が始まりました。その時に長男は中学校1年生、次男は小学校4年生、長女はピカピカの小学校1年生でした。

月日の経つのは本当に早いモノですね。あれから早くも6年間の歳月が過ぎ去りました。長男の孫は将来はヘアーデザイナーを目指して今年から大阪の専門学校に進学しました。次男の孫は今年から県立高校に入学しています。高校に進学してもサッカーを継続するみたいです。最後に長女の孫娘は今年から中学1年生です。3人の孫達は今年の2月からの新型コロナウイルスの感染拡大の余波をもろに受けて新しい門出の出鼻をくじかれた感じです。少しだけ可哀想な気もしますが、此れもまた人生の貴重な経験ですからね。余談ですが、ヒゲ親父の次男は恵が亡くなって12年が経過した現在もサラリーマンを続けながら未だに再婚もせずに独身を貫いています。其れも漢の生き様だと考えています。

マダマダあともう少しの間は、恵が遺してくれた3人の孫育てをヒゲ親父夫婦は頑張って続けて行く決意です。せめて、末の長女の孫娘が高校を卒業する位まではヒゲ親父も何とか頑張って生き抜いて行きたいと願っています。
  今日のヒゲ親父でした。



posted by ヒゲ親父 at 22:30| Comment(0) | 日記