2022年03月31日

実に何年かぶりにJPA元会長の「齊藤 浩ご夫妻」がわざわざ高松市の私のジムに来て下さいました。

本日2,022年3月31日(木)の午前11時過ぎに約30年以上ぶりに私の人生に於いて一目も二目も置いている人物でもある齊藤 浩JPA元会長ご夫妻がわざわざ私のジムを訪ねて来て下さいました。本当に恐縮な事ですし大変に嬉しかったです。

お昼には斎藤 浩元会長ご夫妻と私ども(中尾 達文)夫婦の4人で既に予約をしていたジムの近くの日本料理店で4人で旧交を温めながら会食を致しました。斎藤 浩元会長は老いて益々ご健勝の様にお見受けされました。非常に安心致しました。今回は元会長ご夫妻のご結婚50周年を記念しての「プライベートなご旅行」と言う意味合いでの来高となりました。

私のジムに齋藤元会長が来られたのは実に30数年ぶりの事でした。ジムでの久方ぶりの語らいに話しが弾みました。その後に昼食の会場に場所を移しての約2時間近くに及ぶ懇談は非常に中味の濃い貴重な時間を過ごしました。60歳を目前にしてアッと言う間に物故者となられた浅間 成敏氏のことから、昨年の7月に急遽他界した「我が盟友」の名古屋の前田 都喜春先生の事も、更には先日突然にお亡くなりになられたH・M元会長との想いで話しもいろいろと致しました。本当にあっという間の2時間でした。

小生(中尾 達文)と齊藤 浩元会長との付き合いは日本パワーリフティング協会が設立された黎明期の時から一般社団法人に改編した時に至る迄の約30年間に渡ってのお付き合いでした。その30年間に渡るお付き合いでは小生は齊藤 浩元会長に対しては常に忖度無しで付き合って来たつもりです。つまり、良い事も悪い事も全て是々非々の立場で会長から相談をされたことに対してはハッキリと自分自身の意見を具申して来た積りです。

私(中尾 達文)は齊藤 浩元会長に対しては、即ち、当時の斎藤政権の官房長官の役目を任じていたつもりでした。斎藤 浩元会長に対しては「軍師・官兵衛役」と言う「懐刀」を自らに課して支えて来たのです。つまり、私自身は常にNO2と言う立場でお支えして来たのです。勿論、私と同様にJPA元副会長の「我が盟友」の名古屋の前田都喜春先生と一緒の二人三脚で斎藤 浩元会長体制を支えて来たのです。いま想い出しても全く悔いのない素晴らしい日々の連続でした。私と前田先生の2人ともに何等の見返りや協会内での地位の向上等の邪心は毛頭ありませんでした。

最期に、小生が俺は生涯「この漢の子分のママ」でも充分に満足じゃわ。と言い切れるのは齊藤 浩JPA元会長その人だけです。本日のヒゲ親父でした。
posted by ヒゲ親父 at 17:11| Comment(0) | 日記