2022年09月11日

今日はもう9月11日(日)の夕方の6時です。今しがた、ミスター西日本ボディービル選手権大会からジムに帰って来ました。

正直な事実を言いますと、香川県ボディービル&フィットネス連盟はシッカリと若手の有能な人材が育って来ています。これもひとえに現在の理事長の石川健一氏の素晴らしい人間性とリーダーシップの能力の賜物です。

石川健一理事長の卓越した連盟運営の手腕のお陰で相談役を務めるヒゲ親父も、2日間に渡る杖無しでの歩行に身体中の関節が悲鳴を上げた為に自分勝手に中座をして大会の運営の途中ででもジムの会員さんの車で何とか夕方の6時前にジム迄帰って来れました。

全国の各県のボデービル&フィットネス連盟の高齢者の理事長の皆様方に、是非ともご理解をして頂きたい事が有ります。実は私どもの香川県ボディービル&フィットネス連盟はヒゲ親父が当時の香川県ボディービル協会を弱冠24歳で創立を致しました。

その後ヒゲ親父(中尾 達文)は50歳迄理事長を務めました。しかし、その後ヒゲ親父は50歳の時に初代JPA会長の斎藤 浩氏との縁があって日本パワーリフティング協会(当時)の副理事長になりました。ヒゲ親父は元々余り自分の肩書にはこだわらない性格の人間なのです。

50歳になった時に当時38歳になったばかりの石川健一氏に当時の香川県ボディービル協会の理事長をやって欲しいとお願いを致しました。性格的にも控え目で穏やかな人の意見を良〜く聞く人間だと言う事はヒゲ親父自身が一番良〜く解っていたのです。確かに彼は即座には「イエス」とは言いませんでした。

しかし、人の意見を殆んど聴かないヒゲ親父の事です。兎に角、困ったことや面倒なことが有れば最後には必ず俺がケツを拭くから、どうか俺を助ける積りで引き受けてくれないか? と強引に頼み込んだのです。

併せてその時には同時に香川県パワーリフティング協会の理事長のポストも当時41歳だった植田 英司氏にも強引にバトンタッチをお願いを致しました。

余談ですが、現在香川県パワーリフティング協会では2代目理事長の植田 英司氏は60歳迄理事長を務めてくれました。その後理事長を60歳で退任されました。しかし、人間的にも高潔な植田 英司氏です 。周りの仲間が黙ってはいません。その後、香川県パワーリフティング協会の会長として現在まで後進の指導に当たられています。

従って現在の香川県パワーリフティング協会は初代のヒゲ親父から数えて、今では孫の代に当たる第3代目理事長を現在の小川 和郎氏が務めて頂いている事は皆様方の周知の事実です。

事程左様に現在全国各県のボデービル&フィットネス連盟やパワーリフティング協会を預かっている70歳を遥かに超えた「老人の域に達した理事長の肩書をお持ちの皆様方」にお聞きしたい事が有ります。何をそんなに理事長のポストに拘っているのですか。ヒゲ親父にはどうしても理解に苦しみます。どうか、是非ともお聞きして頂きたい事があります。

人間には男女の性差を問わず「旬」と言うモノが必ず有ります。つまり、精神的にも意欲的にもそして、肉体的にも何としてでも活躍したいし、是非ともやってみたいと言う意欲に駆られる年代と言うモノが必ずあるハズです。

どうか、有能で意欲的な若手の人材を決して何時までも「飼い殺し状態」にしてはイケません。70歳を過ぎた各県の理事長の肩書を持っている老人の域に達した理事長の皆さんにお願いします。どうか有能で意欲的な若手の人材にシッカリと平等にチャンスを与えて充分に活用して育て上げる人材育成を必ず行って欲しいと願わずにはいられません。今夜のヒゲ親父でした。
posted by ヒゲ親父 at 18:57| Comment(0) | 日記
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